Kyoji Horiguchi
1990年10月12日、群馬県高崎市生まれ。5歳で伝統派空手を始め、作新学院時代にはインターハイにも出場した。高校時代にテレビで見た山本"KID"徳郁に憧れ、「自分も小さいし、こういうスタイルなら自分にも出来る」と高校卒業と同時に上京、KRAZY BEEの門を叩く。「内弟子にしてください」という志願への師の返事は「ああ、いいよ」。以来、試合前にかけられる言葉はいつも「全然大丈夫。恭司なら平気」だった。 2013年にUFCへ。2015年4月、フライ級王者デメトリアス・ジョンソンに挑戦し、5回終了のわずか1秒前にアームバーで敗れた。「UFC史上最も遅いフィニッシュ」として今も記録に残る。奇しくも師KIDも、2011年のUFCデビュー戦で同じジョンソンに敗れている。さらなる高みを求めてATT(アメリカン・トップチーム)への移籍を告げたとき、師は引き止めず「いいじゃん、行ってきなよ」と笑った。 RIZINでは2017年バンタム級グランプリを制覇。2018年9月18日、山本"KID"徳郁は胃がんのため41歳で逝去する。堀口はSNSに追悼を投稿しなかった。「言わなくても、心の中で思っていればいい」。その年の大晦日、Bellator世界王者ダリオン・コールドウェルを下して初代RIZINバンタム級王者となり、翌年にはBellator王座も獲得して2団体同時王者に上り詰めた。 膝の大怪我による王座返上、朝倉海との伝説の2連戦(2019年8月に68秒KO負け、2020年大晦日に1R KOでリベンジ)を経て、フライ級でRIZIN史上初の2階級制覇。2025年3月、「日本人初のベルトを巻きたい」とUFC復帰を宣言した。復帰後はウランベコフ、アルバジを連破して7連勝。毎年9月18日の命日には、師との写真とともに投稿する。「KIDさんありがとうございます」。35歳。師の果たせなかったUFCの頂が、目の前にある。
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