アイおはようございます。「ゴング前の静寂ー不屈の物語ー」。今回は試合のプレビューではありません。9月10日、京セラドーム大阪「超RIZIN.5」で引退セレモニーを行う男、武尊。その35年の物語です。ベンさん、よろしくお願いします。
ベンよろしくお願いします。先に、ひとつ約束をさせてください。今日はベルトと数字の話から始めますが、最後は、たった一言の話で終わります。「参った」という、三文字の話です。
アイ参った……ですか。
ベンはい。まず数字から。プロ通算51戦46勝、うち28KO。K-1史上初の三階級制覇。
ベンそして2012年から2022年まで、およそ10年間、負けていません。
アイ10年間、無敗。
ベンその男の物語は、鳥取県米子市の空手道場で始まります。小学2年生、テレビで見たK-1に憧れて空手を始めた少年は、組み手で先生に倒されて、上から踏まれても、絶対に降参しなかった。本人の言葉です。「踏まれながら、わんわん泣いてましたね。でも、僕は絶対『参った』って言わなかったんです。悔しかったから言いたくなくて」。
アイ小学2年生で、もう。
ベンこの「参ったと言わない」が、武尊という人の背骨です。高校は数か月で辞めました。17歳、アルバイト代を貯めて、大事にしていたバイクも売って、単身タイへ修行に行きます。憧れたトップファイターたちが、みんなタイで練習を積んでいたからです。
アイバイクを売って、タイへ。
ベン2012年、20歳の時にKrushのリングで鼻を折られて、ドクターストップの黒星がひとつ。
ベンここから彼は勝ち続けます。2015年、初代スーパー・バンタム級王者。2016年、初代フェザー級王者。2018年にはスーパー・フェザー級も獲って、K-1史上初の三階級制覇を成し遂げました。
アイ「絶対王者」の完成ですね。
ベン外から見れば。中身はどうだったか。当時の生活です。練習は毎日5時間から6時間、多い日は7時間。減量中の食事は、1日1食。「辛いっすよ。だけどこの試合をするには、これをやるしかない」。
アイ1日1食……。
ベン心の方は、もっと過酷でした。後に本人が明かしています。「ホント毎日負けることが怖くて、この10年間ずっと恐怖と闘ってたなと思って。だから格闘技大好きだし、試合も大好きなんで試合の時には笑って楽しんでるんですけど、それ以外の時間って苦しさと恐怖しかなかったなって」。格闘技が大好きなまま、恐怖と一緒に生きていたんです。
アイ10年間の無敗って、10年間、一度も負けられなかったということなんですね。
ベン「心が休まる日なんて1日もなかった」とも言っています。そんな彼の前に現れたのが、那須川天心でした。
ベン2022年6月19日、THE MATCH。東京ドームに56,399人。PPVは50万件を超えて、日本の格闘技史上最大の興行になりました。団体の壁に何年も阻まれ続けて、ようやく実現した一戦です。
アイあの夜を覚えている人は、多いと思います。
ベン結果は、1ラウンドにダウンを奪われて、ジャッジ全員一致の判定負け。10年ぶりの黒星でした。
ベン彼は後にこう明かしています。「負けた瞬間は"引退しよう"って思ってました」。
ベンでもその夜、彼の想定していないことが起きます。試合後のSNSにこう書いています。「リングを降りて 花道を退場しようとしたら 敗者の僕に対して たくさんの人が集まってきてくれて みんなが『ありがとう』と言ってくれた。そんな言葉を貰えると思ってなくて 涙が止まらなかった。その時の声や景色は一生忘れない」。
アイ負けても、「ありがとう」と言われる人だった。
ベン8日後の会見で、彼はもうひとつの戦いを公表します。「これは公表するか悩んだんですけど、数年前から精神科の方に通わせていただいて、パニック障害とうつ病と診断されて」。ベルトを返上して、無期限の療養に入りました。
アイ無敗の10年間の、裏側で。
ベン後のインタビューでは、こうも言っています。「気持ちが弱いからだと言われたら、僕は死んでいた」。この病気は気持ちの強さの問題ではない。それを、日本で一番強いと呼ばれた男が、自分の名前で言ったんです。この公表が何人を救ったかは、数字になりません。
アイ……はい。
ベンここからは、回復と挑戦の往復です。370日後、フランス・パリで復帰してISKAの世界王座を獲り、リングの上でバク宙をしました。
ベン2024年、ONEの世界タイトル戦でスーパーレックに敗れた夜は、号泣しながら、応援してくれた人たちへの思いを語って、最後にこう言いました。「今できる限界はここまでです。これ以上はもう、僕は体を作れません」。
アイもう限界だと、自分の口で言いながら。
ベンそれでも、辞めなかった。2025年3月、ロッタン・ジットムアンノンとの初対決。実は試合の2週間前、スパーリングで肋骨と胸骨を折っていました。折れたまま、リングに上がったんです。結果は1ラウンドKO負け。
ベンさらに首のヘルニアも発症します。「痺れも出たり、筋力も片方だけ落ちちゃったり」。それでも彼は後の会見でこう言いました。「自分の弱いところが壊れるんだとか、倒されるんだっていうのを知れたことが逆に強さに変わった」。
アイ身体が悲鳴を上げているのに、言葉はまだ前を向いている。
ベンその2025年の夏、タレントの川口葵さんとの結婚を発表します。プロポーズの話がいいんです。ディズニーで、婚姻届を服の中に隠して1日過ごして、ディナーの時に渡した。本人いわく「34年間生きてきて、(川口さんが)唯一この起伏に耐えてくれた人」。
アイ「起伏」という自己認識は、あったんですね。
ベンそして2025年11月16日、有明アリーナ。勝利のマイクで宣言します。「僕は、次の試合で現役引退します」。最後の相手に指名したのは、自分を1ラウンドでKOした男、ロッタンでした。その場でロッタンが受けます。
アイ最後の相手に、一番痛い思いをさせられた男を選んだ。
ベン2026年4月29日、ONE SAMURAI 1。34歳の武尊は、ロッタンから4度のダウンを奪って、5ラウンド2分22秒TKO勝ち。暫定王座まで獲って、現役生活を、勝って終えました。
アイ最後に借りを返して終わる。漫画でも、なかなか書けない引き際です。
ベン妻の川口さんは、Xにひとことだけ。「勝利おめでとう そして現役生活お疲れ様でした」。
ベンかつての宿敵、那須川天心はこの日、こう語っています。「武尊選手がいたからこそ、大きな大会もできた。今はキックボクシングを1人で背負って頑張ろうとしている彼を理解してくれる人が本当にいないんだって見たときに、手伝えることはないかみたいな感情になった」。
アイあの2人が、そういう関係になったんですね。
ベン武尊も応えています。「ああいうインタビューで僕のことを喋ってくれたことがなかったのでうれしいし、戦った戦友としてうれしかった」。
ベンそして5月28日、後楽園ホールで10カウントゴングが鳴りました。挨拶の言葉がこれです。「格闘技センスも運動神経もない僕でも世界王者になれた。才能は努力で埋められる」。
アイきれいな、終わりの……はずでした。
ベンはい。ここからが、今日いちばんお話ししたかったところです。引退から2か月後の6月26日、彼はInstagramに長文を投稿します。本人の言葉によれば、パニック発作が1か月以上続いて、何度も救急車で運ばれてしまい、治療のために入院していたこと。
アイ引退して、やっと解放されたはずなのに……。
ベン本人の分析が、痛いほど正確なんです。「多分ここ数年の心身のストレスやダメージがずっと気を張ってて耐えれてたのが引退したことでストッパーが外れて崩れてしまったような気がします」。
アイ張り詰めたまま走り切った人が、ゴールした瞬間に崩れる。
ベンここで、冒頭の約束の話をします。小学2年生から「参った」を言わずに生きてきた男が、34歳で初めて、ちゃんと参ったと言ったんだと僕は思うんです。病院に行く。入院する。治療に専念する。それは負けを認めることではありません。彼の人生でいちばん勇気のいる「参った」——次に進むための一言だったはずです。
アイ……その言い方は、ずるいです。
ベンそして8月2日、回復の報告が届きました。読みます。「この数カ月続いていたパニック発作や体調不良の自分が別の人だったんじゃないかって思うくらい、気持ちの落ち込みも発作も無気力な状態もストレスから離れて心を休めて毎日自然の中で太陽を浴びて過ごして『しなければいけない』を減らして『したいこと』を増やしていったらどんどん良くなって、元気だった自分を少しずつだけど思い出してきた」。
アイ「しなければいけない」を減らして、「したいこと」を増やす。
ベン20年間、「しなければいけない」だけで走ってきた人の口から、この言葉が出てきた。僕はこれが、51戦のどの勝利よりも大きい勝ち星だと思っています。
アイ同じ投稿で、ファンにも呼びかけていますよね。
ベン「本当にどうしようもなくなったら、海外でも国内でも自然の多いところに行って、何もかもストレスになることは排除して、毎日太陽浴びて自分がしたいことだけして、空を見ながら深呼吸してみてほしい」。治療と並んで彼を支えた、もうひとつの処方箋なんだと思います。
アイそれで、9月10日の話ですね。
ベン同じ8月2日、RIZINの番組で榊原CEOが提案しました。「RIZINの舞台でも10カウントとか何かやろうよ」。武尊は即答でした。「嬉しいですね。RIZINでも試合をやっているのでRIZINの舞台でもみんなに挨拶はしたいなと思っていたんですよ」。
アイそのために京セラドームの開始時刻が、1時間早まったんですよね。
ベンセレモニーのために開場14時、試合開始16時です。しかも彼はこの日、同じ番組の中で後輩の宇佐美秀メイソンに生電話をかけて、参戦オファーまでしています。自分の花道に、次の世代を連れてくるんです。
アイ「絶対、次の選手出てくるから」——最後の試合で、そう言っていた人ですもんね。
ベン最後に、もうひとつだけ。彼はONEに参戦してから、試合をするたびに東南アジアに学校を1つ建てています。引退試合の勝利ボーナス1500万円についても、こう言いました。「最後そのお金で大きな学校をつくりたい」。
アイ恐怖と戦った試合の数だけ、学校が建っている……。
ベン7代目タイガーマスクとして、児童養護施設の子どもたちの支援も継いでいます。
ベンTHE MATCHの夜、彼はSNSにこう書いていました。「この10年間 勝ち続けることで自分の存在価値があって 負けたら全てを失うと思ってた」。そう思いながら戦ってきた男の勝ち星が、彼のいちばん苦しかった時間ごと、どこかの子どもたちの校舎になっているんです。
アイ……9月10日、京セラドームで、10カウントゴングが鳴ります。
ベンあれは、敗北の音ではありません。踏まれても参ったと言わなかった少年が、35年かけて「参ったと言っても、人生は続く」と証明して鳴らす音です。今度は、涙が止まらなくても大丈夫です。もう、次の試合の心配は、要らないので。
アイ武尊、引退セレモニー。9月10日、超RIZIN.5、京セラドーム大阪。ベンさん、ありがとうございました。
ベンありがとうございました。格闘技、最高です。
アイそれでは次回も、ゴング前の静寂でお会いしましょう。