Keijirou Tsukamoto
2006 年 2 月 17 日生まれ。新極真会 世田谷・杉並支部所属、初段。身長 179cm・体重 80kg の学生である。父は全日本を 5 度制し、全世界選手権も 2 度制した塚本徳臣。左右に構えを切り替えながら放つ後ろ蹴りとヒザ蹴り、そして間合いの支配。父譲りの多彩な技で魅せる 20 歳だ。 空手を始めたのは 3 歳半頃。保育園でいじめられているのを見た父が、空手を始めさせた。14 歳で初段。昇段レポートに本人はこう書いている。「『限界を作ってはいけない』この言葉は師範から教えていただきました。」師範とは、父のことである。 18 歳で臨んだ 2024 年の第 56 回全日本では、四回戦で胴廻し回転蹴りの一本勝ちを決めて 5 位・技能賞。2025 年の第 1 回 WFKO 世界大会は中量級で決勝まで進み、アントン・ジマレフに延長で敗れて準優勝だった。「決勝までいけたのは収穫でしたが、やはり優勝できなかった悔しさが大きかったです。」体重を増やし、フィジカルを鍛え、それでもスピードは落とさない。その課題を掲げて臨んだ第 57 回全日本は 7 位に終わった。 2026 年 5 月、第 10 回 JFKO 全日本の軽重量級で初優勝。決勝で金岡陽大を本戦 4-0 で下した。その半年前、第 57 回全日本を前にしたインタビューでは、父についてこう語っていた。「幼い頃から父のスタイルを真似してきましたし、理想の空手家像でもあります。まずはその背中に近づきたいですし、その上でスピードや間合いの工夫といった自分自身の個性を加えて、自分の空手を築いていきたいです。」 そして全日本の頂点を、当時こう位置づけていた。「自分の空手人生は、まだ始まったばかりです。全日本大会で優勝をつかんでこそ、初めて本当のスタートラインに立てると思っています。」10 月 10 日・11 日、東京体育館。父が 5 度立った頂へ、親子制覇に挑む。
※ 編集部が AI 下書きを校正のうえ公開しています
10月10-11日 新極真会 第58回全日本 (東京体育館) 男子無差別級にエントリー
公式発表前の情報を出典付きで掲載しています。 確定情報は随時更新します。
掲載試合の確定結果はまだありません。 試合が終わり結果が確定すると、ここに表示されます。
同じ競技で注目されている他の選手プロフィール。
このページは編集部が AI 下書きを校正して公開しています。 選手本人の写真は使用しておらず、 公式 SNS (X 等) の embed のみ掲載しています。
編集方針 · 削除依頼・お問い合わせ
この選手が 関わる AI 音声番組 (試合前 / 試合後 / 生きざま伝、 host アイ × ベン)。
塚本慶次郎 を特集した AI 音声番組の台本全文 (編集部承認済み)。音声で聴く →
アイおはようございます。「ゴングが鳴るまでの人生ー生きざま伝ー」第6回です。今回は新極真会の塚本慶次郎。今年5月、流派を超えたJFKO全日本の軽重量級で初優勝した20歳が、10月10日と11日、東京体育館の第58回全日本空手道選手権に挑みます。
ベンはい。この人を語るには、まず父の話からです。父は塚本徳臣。新極真会の全日本空手道選手権を5度制した人です。第28回と第29回、1996年と1997年の連覇。第38回、2006年。そして第41回と第42回、2009年と2010年の連覇。
ベン新極真会の公式サイトは「歴代最多の全日本V5を誇る塚本支部長」と紹介しています。
ベン世田谷・杉並支部の支部長で、支部のページには二度世界チャンピオンに輝いた師範の直接指導が受けられる、とあります。
ベンしかも全世界選手権も第6回と第10回の2度制していて、“マッハ蹴り”で一世を風靡した、とゴング格闘技は書いています。
アイお父さんは、強さをどう語っているんでしょう。
ベン2020年の公式インタビューで、エースとはどんな存在かと問われて一言。「簡単なことです。一番強い人間。そして勝ち続けることです」。稽古についてはこうです。「命がけの稽古をしなければチャンピオンになれませんから、コロナであろうがやらなければいけないんです」
アイその父のもとに生まれた。
ベン2006年2月17日生まれ。身長179センチ、体重80キロの学生で、所属はもちろん世田谷・杉並支部。公式の選手ページは、左右に構えを頻繁に切り替えながら繰り出す後ろ蹴りやヒザ蹴り、そして間合いの支配を特徴に挙げています。
ベン空手を始めた経緯は、本人が14歳のときの昇段レポートに書いています。「僕が空手を初めたのは3歳半頃でした。」保育園でいじめられているのを見た父が、空手を始めさせたそうです。
ベン2020年9月、14歳で初段。「今回昇段審査を受け10人組手は想像以上にきついものでした。」そして、そのレポートにはこう書かれています。「『限界を作ってはいけない』この言葉は師範から教えていただきました。」師範とは、父のことです。
アイ父の背中を、どう見てきたんでしょう。
ベン去年の全日本前のインタビューです。「幼い頃から父のスタイルを真似してきましたし、理想の空手家像でもあります。まずはその背中に近づきたいですし、その上でスピードや間合いの工夫といった自分自身の個性を加えて、自分の空手を築いていきたいです。」
ベンイーファイトの記事では、こうも言っています。「昔から教えてもらっていて(塚本師範の)あのスタイルが正解。ああいう組手をすれば勝てると昔から考えていた」
ベン同じ記事で、父は親子で似ている点をこう語っています。「似ているのは間合いの取り方、カウンターの打ち方…。ずっと見ているからでしょうね」
アイ結果はどう出ているんでしょう。
ベン2024年10月、18歳で臨んだ第56回全日本。四回戦で胴廻し回転蹴りを決めて一本勝ち。準々決勝でこの大会の優勝者、多田成慶に本戦0-5で敗れましたが、5位で技能賞を受けました。
ベンこの大会を見た緑健児代表の言葉が「父親と似て、動きも華麗だし倒せる選手」です。
ベン2025年6月、有明アリーナの第1回WFKO世界大会。中量級の決勝まで進んで、相手はアントン・ジマレフ。本戦は1-0でジマレフに旗が上がり、延長ではジマレフの下突きにヒザを着いて技ありを奪われ、最後は場外へ押し出されて0-5。準優勝でした。
ベン本人の言葉です。「決勝までいけたのは収穫でしたが、やはり優勝できなかった悔しさが大きかったです。」
アイその世界大会の前に、お父さんが面白いことを言っていますよね。
ベンええ。「新しいスタイルをお見せする。自分が使っていた蹴りの進化系。“マッハ蹴り2”と言ってもいいかもしれない」。稽古についてはこう言っています。「自分がやってきた稽古を同じようにやらせている。自分よりも身体能力が高いから、これもあれもできるのでは、とどんどん教えてしまう。もっとも、大技、決め技は自分で勝手に試合でやってしまうのだが」
ベン息子の側の理想は、こうです。「攻撃全部が必殺になるような組手が理想。面白い組手、見ていて楽しいなという試合をしたい」
ベン世界大会のあとの課題は体づくりでした。「まず体重を増やし、フィジカルの強化に取り組みました。その上で、スピードを落とさないことですね。」
ベンそして去年10月の第57回全日本。初戦は接近戦を突き、ヒザ、後ろ蹴りで優位に運んで本戦5-0。
ベン最終日の四回戦は再延長でも判定1-2で決まらず、体重判定でベスト8へ。準々決勝は蹴りを得意とする同士の対戦で、岡田侑己に序盤の後ろ廻し蹴りをクリーンヒットされ、注意2も課されて本戦0-5。最終成績は7位でした。
アイそして今年。
ベン2026年5月31日、第10回JFKO全日本の男子軽重量級。28名がエントリーした階級の決勝で、前回王者を本戦4-0で下して初優勝。文部科学大臣賞も受賞しました。
ベン決勝は序盤のヒットアンドアウェイから、中盤に超接近戦へ。ヒザ蹴りとヴァレリーキックを見せて、ラスト30秒の連打で押し切りました。
ベン優勝後の言葉です。「今回は必ず優勝すると決めて、誰よりも努力してきたので本当に優勝できてよかったです。応援してくださった皆さま、本当にありがとうございました。これからも見てくださる方々に勇気と希望と感動を与えられる選手になっていきたいと思います」
アイそして第58回。
ベン9月1日に、新極真会が組み合わせを発表しました。
ベン男子無差別級は62名。塚本慶次郎はその中の一人としてエントリーしています。父が5度立った、あの頂です。
ベン去年の全日本を前に、公式のインタビュアーは「実父である塚本徳臣師範は、全日本大会を5度制しています。親子制覇もかかることになりますね。」と問いかけました。本人の答えです。「自分の空手人生は、まだ始まったばかりです。全日本大会で優勝をつかんでこそ、初めて本当のスタートラインに立てると思っています。」
アイ塚本慶次郎、親子制覇への挑戦は10月10日・11日、第58回全日本空手道選手権です。当サイトでは大会当日、注目選手の勝ち上がりを随時お伝えします。ベンさん、ありがとうございました!
ベンありがとうございました。